●はんぺんダガー バックストーリー● 剣と魔法と銃火器が物を言う、ありがちファンタジーな世界が舞台です。 この世界では、日々、あっちこっちで、魔王や邪竜といった類が現れたかと思えば、 勇者や英雄がその都度出現して、討伐とめでたしめでたしを繰り返す、とっても ロマンあふれる日常が繰り広げられています。 そんな世界なので、 男の子を設けた両親は、もれなく、おもちゃの剣や弓矢や拳銃などを与えて、 小さいころから、鋼の冒険心やら闘争心やらを、遊びの中で植え付け、鍛えるのが習わしと なっています。 とは言え、まさか、小さな子供の身空で、ガチンコの命がけなど、そうそう させられるはずもありません。 遊びや稽古磨きで大けがをさせてはならない、しかし、木刀や竹刀でもまだまだ 安全性は不十分―― そんな折、生み出されたのが、はんぺんのようにふにゃやかな、おもちゃの短剣。 通称『はんぺんダガー』でした。 錬金術師の内職で作りだされるこのダガーは、自意識や、喋る能力を付与されて創造され、 ダガーそのものの安全性もさることながら、英雄譚に出てくるような「しゃべる剣」に憧れる 子供と大人のハートを虜にするものであり、たちまち、大人気を博するようになりました。 勇者や英雄に憧れる子供は、はんぺんダガーで勇者ごっこを楽しみ、 勇者や英雄の親に憧れる大人は、そんな子供のごっこ遊びに、魔王や邪竜役で付き合う。 それが、この世界でのスタンダードになっていきます。 また、はんぺんダガーのヒットを受けて、錬金術師のおもちゃシリーズが次々と生産され、 「当たっても痛くないマシュマロ拳銃」 「自ら英雄譚の読み聞かせを行なう魔法の絵本」 「本当にミルクを飲む(そして本当に出すものを出す)ミルク飲み人形」などなど、 子供のおもちゃ箱の中は、魔法の玩具で、素晴らしくカオスな状況となっていきました。 ところが―― はんぺんのように柔らかなはずの、このダガーで、死亡事故が起きてしまいます。 竜討伐ごっこを楽しんでいたとある家庭で、竜役をやっていた父親が、子供の一撃を 喉仏に強打し、それが元で“本当に討伐されてしまった”というのです。 「豆腐の角に頭をぶつけて死ぬ」かのような、ありえない事故。 しかし、この事故を機に、それまでの大人気が一気に反転、はんぺんダガーのバッシングが 巻き起こります。 錬金術師協会は釈明会見を繰り返し、魔法新聞ははんぺんダガーの危険性を一斉に報道、 ゴシップ魔法雑誌は「錬金術師が企てる、はんぺんダガーによる世界滅亡計画」の記事で 世情の不安をあおりまくります。 事故の原因は、謎のままでした。 恐らく、この死亡事故に一番戸惑ったのは、自意識を持つはんぺんダガー本人です。 しかし、本人の戸惑いをよそに、世論は、「全てのはんぺんダガーを処分せよ」という 意見で一致。 かくして、ごっこ遊びでない、はんぺんダガー討伐作戦が、あちこちで始まりました。 自意識を持つが故、死に対する恐怖も持つはんぺんダガーは、強く抵抗します。 中には、抵抗を繰り返すうちに、ダガーに掛かっていた魔法が変質し、木刀くらいの硬さを 得て頑強に抵抗するダガーも出てきました。 しかし、 絵本やミルク飲み人形などの通報を受け、マシュマロの代わりに実弾を放つ拳銃などに 追いつめられて、はんぺんダガーは次々と屈し、回収されて、かき集められます。 そして、 本人たちの訴えかけも空しく、はんぺんダガーは全て、焼却処分させられることが 決まりました。 かつて自分たちを気に入ってくれていたはずの、子供や大人たちの呪詛の声とともに、 はんぺんダガーは(生きたまま)ノコギリで挽き切られ、炎に投げ込まれて、 断末魔の悲鳴を上げながら、消し炭と化していくのでした。 ……この、一連の騒動の後、子供たちが親から聞く英雄譚の悪役に、それまでの「魔王」や 「邪竜」に並んで「はんぺんダガー」も追加されます。 ベッドの中の子供たちは、両親の、こんな言霊を聞きながら、大人になっていくのです。 『悪者のはんぺんダガーは、みんないなくなりました。めでたし、めでたし』 (バックストーリー おしまい)